大判例

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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)2182号 判決

原告

大丸タクシー株式会社

右代表者代表取締役

秋山誠作

ほか一名

右訴訟代理人弁護士

榎林力

ほか一名

被告

コロンビア・ブロードカスティング・システム・インコーポレイテッド

右代表者代表取締役

フランク・スタントン

日本における代表者

ペーター・カリシヤ

右訴訟代理人弁護士

ウォーレン・シミオール

ほか二名

主文

一、被告は、原告に対し金二、二〇四、三八〇円を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決の第一項は原告において仮りに執行することができる。

事実

第一  申立

(原告)

主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二  主張

(原告)

一、原告および被告の営業

原告は大阪市においてタクシー・ハイヤー業を営み、被告はラジオ・テレビジョン放送およびラジオ・テレビジョン放送局の運営、テレビジョン・ラジオ放送に関連するフイルム・ニュースの作成、販売、賃貸を主たる業務目的とする米国法人でその日本における営業所を肩書地の東京放送本館内に置き東京支局と称し、その日本における代表者としてペーター・カリシヤが東京支局長として常駐している。

二、被告従業員によるハイヤーの借り上げ

右ペーター・カリシヤは、昭和三六年九月一六日当時近畿一帯に来襲しつつあつた第二室戸台風の被害状況の取材を目的としてその配下の報道員たる被告東京支局員数名とともに来阪し、同日九時半ごろ原告に対し右取材のため大型新車のハイヤー二台を借り上げたい旨申入れてきた。そこで、原告はこれを承諾し直ちにその所有にかかる大型車(1)フォード一九六一年ガラクシー型、大三(う)三〇三二号、所属運転手袮酒義明(以下、三〇三二号車という)、(2)フォード一九六一年ガラクシー型、大三(う)三〇三三号、所属運転手中島昌司(以下、三〇三三号車という)の二台を右カリシヤ等の取材活動のため提供し、右運転手両名はカリシヤの指示、命令の下に行動することとなつた。

三、被告従業員によるハイヤーの使用

右二台の車に分乗したカリシヤとその配下の報道員は、大阪港方面に向い大阪市港区八幡屋元町にある千舟橋附近で取材した後、右両運転手に命じて海岸に近い同区三条通り三丁目附近におもむき同日午前一一時過ごろから同所において取材にあたつたが、その際、前記運転手両名が高潮の危険のあることを予測して安全な場所に退避したい旨申出たにも拘らずカリシヤらはその要請を入れず、右運転手両名に対し取材に便利なように同所附近に留まるよう命じて取材を続行した。

四、損害の発生

しかるところ、その後程なく高潮が押し寄せたため前記車輛の駐車していた附近一帯は高潮にあらわれ、右二台の自動車は水中に没し海水に侵されて殆んど使用にたえないような状態となつた。これにより原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(A) 部品取換費 一、九三二、三八〇円

前記車輛修理のために要した費用である。

(イ) 三〇三二号車分 九六四、六九〇円

(ロ) 三〇三三号車分 九六七、六九〇円

(B) 営業利益の喪失 二七二、〇〇〇円

原告において右両車をハイヤーとして運送業務に使用するときは一日一台当り八、〇〇〇円の実収益を得られるところ前記破損のため昭和三六年九月一七日より翌一〇月三日まで両車とも使用できず、その間二七二、〇〇〇円の得べかりし利益を失いこれと同額の損害を蒙つた。

五  被告の賠償責任

(一) 使用者責任

右損害は、被告の従業員であるカリシヤとその配下の報道員がすさまじい台風写真をとることにのみ熱中し、原告所属の運転手両名が退避したい旨懇請したにも拘らずこれをきき入れず、高潮にあらわれる危険のある場所に前記車輛を駐車せしめていたために生じたものであり、もし、カリシヤらが運転手両名の要請を入れて早めに高地に避難させていれば当然避け得たものである。したがつて、右損害は、被告の従業員たるカリシヤらの過失に基くものというべく、また、同人らは被告の業務であるニュース写真の取材活動に従事していたのであるから、被告の事業の執行につき発生したものであり、被告は、右カリシヤらの使用者として民法第七一五条の規定により原告に対しこれを賠償すべき義務がある。

(二) 準委任契約上の責任

仮りに、被告が前項の責任を負わないとしても、次の理由により損害を賠償すべき義務があり、原告はこれを予備的責任原因として主張する。

すなわち、被告従業員であるカリシヤらはニュースの取材活動を最も能率的に遂行する目的をもつて同人らの指示通りに自動車を運行することを原告に委託し、原告はこれを承諾し、前記両運転手がハイヤーを運転して被告のため右事務を処理したものである。しかして、前記損害は右の委任事務を処理するために生じたもので、この準委任事務を原告が引受けなかつたならば生じなかつたことの明らかな損害であり、かつ、右損害は、原告所属運転手が危険だから安全な場所に退避させて欲しい旨懇請したにも拘らずカリシヤらがこれを却けてニュース取材活動を強行したために発生したものであるから受任者たる原告の過失なくして発生したものである。したがつて、被告は、被告自身の過失の有無に拘らず民法第六五〇条三項の規定により右損害を原告に賠償すべき義務がある。

(被告)

一、被告が、原告主張のとおりの営業を目的とする米国法人であること、ペーター・カリシヤ他数名の被告従業員が昭和三六年九月一六日第二室戸台風の状況取材のため来阪し、原告主張のハイヤー二台に分乗して取材にあたつたことは認めるが、原告所属運転手の退避要請を無視し、高潮の危険を冒して取材を強行したとの事実は否認する。

カリシヤらは、取材用カメラ等を二台の自動車に積み台風取材に適当な場所である大阪港方面へ案内するよう運転手に指示して宿泊ホテルを出発した。途中一、二カ所で台風に備えて準備する市民の状況等を撮影の上、運転手の判断にまかせて大阪港へ向つたが、天保山船着場附近で下車し約三〇分前後取材を行い、風雨が烈しくなり始めたため帰途につくべく命じ、右地点より数百メートル走行したとき高潮が押し寄せ本件事故が発生した。天保山船着場においては風雨こそ強くなりかけていたが、他の自動車の通行もあり、高潮の危険が切迫している如き状況ではなく、運転手も取材活動を傍観しており、何ら退避要求はなかつた。

二、本件損害の発生と被告社員の取材行為との間には相当因果関係がなく、被告が右損害を賠償すべき理由はない。

本件損害の発生は、直接的には自然現象たる台風による浸水に基くものであり、被告の取材員らは台風状況取材のためとはいえ、高潮の危険を冒してまで危険地帯へ赴くべき旨命じたものではなく、原告所属運転手の判断に基くことを了解の上、取材活動をなしたもので、若し、右運転手らが危険の切迫を感じていたならば、台風取材活動のための乗車を拒むことが出来たであろうし、また、前記自動車には原告会社と常時無線通話の可能な無線機が備付けられており、何時でも必要に応じ原告会社と連絡の上、その指示を仰ぎ、仮りに取材員の反対があつても、適宜退避し得た筈である。しかるに、右運転手らは何らそのような措置をとらなかつたのであり、高潮の危険の切迫を感じていなかつたのである。

以上のとおり、本件損害の発生には、因果関係中断事由たる原告所属運転手の行為(不作為を含む)が介在しており被告取材員の取材活動により生じたものということはできない。

三、本件自動車の使用はすべて原告の同意を得てなされたものであり、被告の本件自動車の使用およびその破損については何ら違法性はない。本件事故は、台風下における自動車運行という特殊の事態の下で発生したものであり、原告において被告の台風取材のために自動車を提供することを承諾した際、これに伴う危険を甘受する旨の同意が黙示的になされていたものというべく、右は被害者の同意として権利侵害の違法性を阻却するものである。

第三  証拠 <略>

理由

一、被告の営業

請求原因一の被告の営業に関する事実については当事者間に争いがない。

二、被告取材員のハイヤー使用とハイヤーの破損

<証拠>によれば次の事実が認められる。

(1)  被告の東京支局支局長であるペーター・カリシヤは、昭和三六年九月一六日、当時近畿地方に来襲しつつあつたいわゆる第二室戸台風の被害状況を取材する目的で配下の被告東京支局員数名とともに来阪し、原告に対し右取材にあたり使用するハイヤー二台を宿舎までまわしてくれるよう申入れたこと

(2)  原告はこれを承諾しその所有にかかる三〇三二号車(運転手、袮酒義明)と三〇三三号車(運転手中島昌司)の二台をカリシヤらの宿舎に差向けたこと

(3)  右二台の車に分乗しカメラ等の取材機具を載せたカリシヤとその配下の報道員は、運転手に命じて大阪港方面に向い大阪市港区八幡屋元町にある千舟橋附近で取材した後、更に運転手に指示して海岸に近い天保山桟橋附近におもむき同所において取材を行なつたこと

(4)  その際、前記運転手らから高潮の危険があるから千舟橋附近の安全な場所で待機させてほしい旨の申出があつたが、カリシヤらは、取材機具を出し入れする必要があり、取材は間もなく終わるからその場で待機するよう命じて取材を続行したこと

(5) そして、天保山桟橋附近における取材を終え、更に、中央突堤の方に向おうとしたところ、間もなく高潮が押寄せて附近一帯は高波にあらわれ、前記二台の自動車は水中に没して海水に侵され、その結果大がかりな修理をしなければ使用に耐え得ないような状態となつたこと

以上の事実が認められる。

そこで右事実に照らし考えるに、前記自動車は被告取材員らの台風状況取材のために使用されるものであり、目的地の選定、一定場所での滞留の要否等はすべて取材活動に便宜なように定められるものであるから、運転手としてもこれらの点については取材員の指示に従わざるを得ないものであり、また、取材機具を載せている関係上、運転手が顧客である取材員の承諾を得ないでみだりに取材地点より離れた場所へ移動して待機することは許されない立場にあつたというべきである。

したがつて、前認定の如き状況の下で危険を伴う場所への運送、駐車を指示、命令する取材員としては、できる限り台風の接近状況、高潮の危険の有無に留意し、適宜運転手らを安全場所に退避させるなどして危難を回避するよう注意すべき義務があるものと解され、かつ、当時の台風の状況からみれば高潮の危険のあることも充分予想し得た筈であり、より早期に安全な場所に退避させることも可能であつた筈である。

しかるに、カリシヤらは天保山桟橋附近で取材した際、前記運転手らが安全な場所に退避したい旨申出ていたにも拘らず高潮の危険のあることを充分考慮せず取材を続行したものであり、結局右事故は被告取材員らが台風の接近、高潮の危険の有無に対する判断を誤り退避すべき時機を失したが故に発生したものというべきである。

したがつて、この点において右カリシヤらの取材活動と前記事故およびこれによる原告の損害の間には相当因果関係があり、かつ、これについてのカリシヤらの過失は免れないものと認めるのが相当である。

なお、被告は原告において台風の取材に伴う危険を甘受する旨黙示の同意をなしていたと主張するが、原告が高潮の危険を冒してまで被告取材員の取材に協力しこれにより生ずる損害までも甘受する旨黙示の同意をしていたと認むべき証拠は何もなく、右主張は採用し得ない。

しかして、右事故は、被告の従業員であるカリシヤらが被告のため台風状況の取材活動に従事している際に発生したものであるから、被告の事業の執行につき発生したものというべく、被告はカリシヤらの使用者として右事故により原告が蒙つた損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

三、原告の蒙つた損害

いずれも原告代表者秋山芳雄尋問の結果により成立の認められる甲第二、三号証の各一、二、および右尋問の結果によれば、原告は前記事故によりその主張のとおり(A)部品取換費一、九三二、三八〇円、(B)営業利益の喪失二七二、〇〇〇円合計二、二〇四、三八〇円相当の損害を蒙つたものと認められる。

四、結論

以上の認定によれば、被告に対し右損害金二、二〇四、三八〇円の支払いを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(亀井左取 谷水央 上野茂)

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